![]() 我以外皆わが師 |
![]() 自然に帰れ、自然の中の人間こそ真の姿である。 ジャン・ジャック・ルソー 自然の中に人間の生き方の原点を追求したフンボルトの南米探検 18世紀当時、人間の生活スタイルから考え方まであらゆる価値観において古くからの形式主義と伝統主義を引きずっていたヨーロッパでは、フランス人思想家ルソーの「自然に帰れ、自然の中の人間こそ真の姿である。」という考えが多くの若者たちに影響しました。そして多くの冒険家たちが植民地化が進むアフリカやアメリカ大陸に学術調査や冒険に乗り出していましたが、この中で地理学から気象学、海洋学などを学んだドイツ人学者フンボルトは南米大陸の自然や原住民たちを調査するべく南米探検に乗り出し、植物、動物そしてインディアンの生活、習慣等多くの記録を集めて帰り当時のヨーロッパの人々に南米大陸の豊かな自然に対する目を開かせました。
インディアンは自然から神秘な力を感じとる 「インディアンの教え」の著者で心理学者のジョージ・オートン・ジェームスによると、インディアンの生活でもっとも重要なことは、インディアンが神聖なものと心を通わす事であるということです。嵐の中にも神の声を聞き取り、海のうねりの中にも、そびえる山にも、小さな丘にも神の声を聞きます。花を割かせるのは花のの中にひそむ神であり、香りを与えるのも神です。太陽を輝かせるのも神です。インディアンは全てのものの中に神聖な力を感じとります。その結果、自然の観測が鋭くなります。植物のことも動物のこともよく知っています。動物の通る道も知っています。動物の習慣もよく知っています。天候がこれからどうなるかもよく知っています。 そしてこれらの自然を観測することは現代社会の教育でも重要だと彼は言っています。野外にでて自然を観測することをしないで、部屋の中で本を読むことを中心にした教育だから、その結果自分で考える力がなくなるというのです。 純粋な童話や多くの詩を残した宮沢賢治は、岩手の北上山系の山々をよく歩き回り、素晴らしい夜空や、素朴な自然の風景から多くのインスピレーションを受けたと言われます。自然に親しむことは人間の中に眠っている創造性を目覚めさせ、そして新しい未来を夢見る引き金となるのではないのでしょうか。 教育という言葉は元々「引き出す」という意味です。しかし現代の教育は「引き出すこと」ではなく、詰め込むことになっています。これらの教育はもはや犯罪であるとさえ言いきる著者の考えは、インディアンと実際に生活することによって得られたのです。突き詰めればこの著者の考えは、「心を大切にする教育」が必要であるということです。心を大切にする教育とは別の言葉で言えば過程を大切にする教育です。 真理は自然の中にしかない! 「現代文明は、外面的な豊かさを求める物質文明にどっぷりと浸っている。それによって、人類は地球を住みにくいものにし、自らも破滅の道に一歩踏み込んでいきつつある。その中にあって、いま必要なのは、自然への回帰であり、精神世界の再認識であろう。」 ----------------------------------------------- これを語ったのは、山の中で瞑想の修行に明け暮れる僧でもなく、宗教家でもありません。なんと、大学の研究室で次から次へと発明品を作り出す日本工学会の発明王、政木和三工学博士なのです。 政木博士は電気工学、通信工学、航空工学、造船工学、精密工学、医学等を学び、大阪帝国大学の工学部工作センターの所長となり、実用的なものから好奇心に駆られたものまで3000件にものぼる発明と開発を世に出しています。その中には自動炊飯器、自動ドア、瞬間湯沸かし器、エレキギターなど現在一般的に使われているものが多くあります。彼は1週間に3件の平均で特許庁に出願し特許庁でも驚かられていた存在だったそうです。しかし彼はこれら全部が認可されてもすべて無効処分にして無償で電気会社に公開してきたという信じられないような無欲人間です。 彼が書いた著書には「精神エネルギー」(旺文社)、 「この世に不可能はない」(サンマーク出版)などがあります。自然や精神的エネルギーを中心にした講演が多いそうです。 彼が大阪大学で工学部の全学科を学び、なおかつ医学や力学を勉強するようになった動機とは、工学部長がいった「我々が現在学んでいる物理化学や医学というものは、西洋からやってきた一種の宗教であって、低級なものだ。」ということに対して、「低級なものなら、その基本のすべて習得してしまうべきだろう。その奥にある真理に到達するには、それがまず必要ではないか、」といって勉強しまくったというから驚きです。そしてその結果が、「真理は自然の中にしかない」という結論なのでした。 <発明王、政木和三>
自然は生き延びることと、生きるための力を得る秘訣を教えくれるサバイバル学校 今の世の中では自然を大切にし、守っていくことの重要性が強調され、人間が守らなければいけない地球の遺産であるという捕らえ方が強まっています。 歴史的にもまた人間の生活の原点を追及してみても人間は本来自然の中で暮らしていた存在で、ただ動植物たちのように、自分を自然環境に順応させるだけではなく、自然の資源を自分たちの暮らしに取り込み生活を豊かにするための工夫を凝らし、環境を変えていくことのできた優れた存在として発展してきました。このためには自然を観察し、自然の法則を学び、これを尊重しつつ有効活用することによって自然の豊かな恵みを最大限に生かして人間社会の繁栄につなげてきたのです。
自然は人間が本来暮らしていた生活環境でもあり、生きる術を教えてくれた学校でもあり、本当の「ふるさと」なのです。そういうことから自然保護、自然環境の保全といったものは人間の生きるスペースの原点を守り、保存し、また生きる知恵や活力を与えてくれたサバイバル学校を守ることにもなるのではないのでしょうか。この学校に戻ってみることは人間の本来の生き方、本当の生き方を見つける原点に立つことにもなるのではないのでしょうか。
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