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1998年公開映画「GOZIRA」
南大平洋の孤島で原爆実験の影響を受け巨大化したイグアナの怪物が日本のマグロ漁船と衝突する。目撃者である日本人船乗りの証言は「ゴジラが出た」。 ゴジラはなぜかニューヨークを目指し、大西洋へ出る一番短い地峡であるパナマに上陸し、巨大な足跡を残して大西洋へと渡って行く。 ....しかしパナマには、そんな足跡は見られませんでした。ー現地レポーター「伊藤」の報告
「パナマ運河奪還」
1937年、上海生れ。日本経済新聞ワシントン支局長、論説主幹などを務めた。著書に『1999年 日本再占領』『拒税同盟』など多数。
評伝「技師・青山士の生涯」 パナマ運河建設に参加した唯一の日本人技術者。「クリスチャン侍」と言われた 内村鑑三のグループに属し、帝国大学土木学科を卒業した後、世界に貢献できる仕事につきたい一心で、当時世界最大の土木事業とされていたパナマ運河建設に参加するべく自費で渡米し、働いて費用を都合しながら汽車や船を乗り継いでパナマまで辿り着く。米国大学教授の紹介状がありながらも測量補助員から始まり、やがては一番重要なガツンダムの設計主任にまでなる。 第二次世界大戦に入り、スパイ容疑をかけられたりし、休暇をもらって日本へ帰国。そのまま日本に残り、内務省に入省、隅田川の荒川放水路信濃川・大河津分水という二大国家 プロジェクトを現場で指揮し、完成させた。一度も本省勤務の経験がなかったにもか かわらず、最後は内務省技術官僚の最高位である内務技監に任命されている。晩年は 郷里の静岡県磐田市に隠棲した。最後まで内村鑑三門下の無教会主義クリスチャンで あった。いかにも誠実にして気骨ある明治生まれのクリスチャンの生涯であった。 パナマ運河に反映された当時世界最先端の土木技術は青山士によって日本に持ち込まれ、彼のパナマ運河建設工事への従事で得た技術や経験は日本の河川修正工事などで、水害から町を守ることに寄与している。 講談社、 高崎 哲郎 著
青山士/後世への遺産 パナマ運河/荒川放水路/信濃川大河津分水路 写真集 東京都北区の「岩淵水門」から下流の荒川は、大正2年から昭和5年にかけて「荒川放水路」として開削された、幅500m、全長約21Kmの人工の河川で、パナマ運河建設に携わった唯一の日本人である、内務省技士 青山士(あきら)が建設の指揮をとった。 “赤水門”の名で知られる岩淵水門もこの時に造られ、建設途中で関東大震災を受けたものの基礎や骨組みが堅牢でビクともしなかったという逸話を残している。 山海堂,1994年11月発行、価格:2,524円(税別)、 青山士写真集編集委員会/編
「トリホス将軍の死」Getting to Know the General パナマ運河返還の功労者であり、国民に愛され英雄扱いを受けた独裁者トリホス将軍についての、友人であったイギリス人作家の回想記。 トリホス将軍の素顔や人柄がよく観察されており、彼の米国との運河返還交渉の経緯や裏話、そしてその時代の社会状況が描かれており、パナマの古き良き時代を知るための日本語の貴重な参考資料。 早川書房、 グレアム・グレーン 著、斎藤数衛訳
パナマ事件 スエズ運河を開通させ、世界中の期待を受けて74歳にしてパナマ運河の建設にとりかかったフランス人レセップスの栄光と悲惨を描いた長編力作 朝日新聞社、 大佛次郎著
「海と海をつなぐ道」パナマ運河建設史 大規模な技術工学上の偉業であり、重要な歴史的事件でもあったパナマ運河建設のドラマを3巻にわたって書かかれた、もっともも詳しい資料。 フジ出版社、 デービッド・マカルー 著、鈴木主税訳、(1977 by David McCullough)
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