- 人生は学校である -
我々は学ぶために生まれてきたのだ



目次


癒しの名曲

 1.スピリチュアル音楽
 2.アメイジング・グレイス
 3.自然へ帰れ
 4.虹の彼方へ SOMEWHERE
 5.枯葉 Autumn Leave
 6.アベ・マリア Ave Maria
 7.愛する子供たちへ


喜びを現す賛歌

 1.喜びの歌
 2.この素晴らしき世界
 3.人類の喜び
 4.素晴らしき人生
 5.君はとっても美しい
 6.マイウエイ


癒しの力を持つ美声

 1.アンドレア・ボチェリ
 2.イル・ディボ
 3.エンヤ
 4.ケルティック・ウーマン
 5.ジョシュ・グローバン
 6.ヴィタス
 7.ナナ・ムスクーリ


夢と希望と愛を歌う音楽

 1.SOMEWHERE
 2.THEME OF LOVE FROM THE GODFATHER
 3.LOVE THEME OF THE FINAL FANTASY
 4.LOVE STORY
 5.CARUSO


素晴らしきインストルメンタルミュージック

 1.ZAMFIR /パンフルート
 2.KITARO/キーボード
 3.GANDALF/マルチ
 4.RELAXATION PIANO
 5.ANDRE RIEU/バイオリン
 6.KENNY G./サックス



LINKS
1. エンヤ - フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

2. Enya -Official Site

ケルトの国から妖精の声が
エンヤ
ENYA




アイルランドには、独自のケルトの伝統と文化、そして多くの伝説がある。これらからケルト系の人間がもっている神秘的なセンスには、ストレスがたまりがちな世界中の現代社会において癒しの力をもった音楽が人気となっている。

エンヤは、アイルランドが世界に誇るミュージシャンである。彼女の声には、スピリチュアルな癒しの魔力がある。

The most beautiful scenery in the world



エンヤ

エンヤ (Enya [ɛnʲə]、本名 Eithne Patricia Ní Bhraonáin、1961年5月17日生まれ ) はアイルランドの歌手/音楽家である。

 エンヤとはケルト音楽を下敷きに独自の音楽を展開する女性ミュージシャンのことであり、彼女のプロデューサーであるニッキー・ライアン、その妻であるローマ・ライアンとの共同プロジェクト名でもある。

生まれ故郷であるアイルランドで活動を続けており、各国でアルバムが発売され、映画「ロード・オブ・ザ・リング」の主題歌も担当するなど、世界的な人気を得ている。日本でもCMや番組のエンディングなどに彼女の曲が多用されている。日本で爆発的に売れたのは、トム・クルーズ主演映画のサウンドトラックとしても使われた「Book Of Days」からである。日本ではヒーリングミュージックとしていくつものナンバーが愛されている。

Enya - Watermark






曲調は曲の断片を少し聞いただけでも彼女のものと判るほど特徴がある。クラシックと教会音楽を基礎に、故国アイルランドの音楽など、さまざまな要素を含有しており、ワルツ調の3拍子やその他変拍子の曲も見受けられる。メインボーカルやバックコーラスを彼女自身の声で幾度も(多いときはミステイク分も含めて一曲あたり200回ほど)録音し、重ねることでダイナミックかつ荘厳なサウンドを生み出すのが一番の特徴。そのエンヤ自身の声のコーラスと彼女自身が好む深いエコーが、終始一貫して広がりのある音を生む。

初期の作品はアナログ/デジタル双方のシンセサイザーを駆使し、神話の世界をモチーフにした歌詞と共に、他の何とも似ていない力強く重厚な世界観を特徴としていたが、アルバム「メモリー・オブ・トゥリーズ」を発表したあたりから、神話の世界にとらわれることなく作曲をするようになり、曲自体もシンセサイザーを使いながらも主役はアコースティック楽器(またはそれに近い音声)やピアノとなり、明るく柔らかな曲調のものが増えてきた。その上で、アルバムに収録される曲の中には、必ず落ち着いた曲調のピアノ独奏曲が入る。また、彼女の曲は「ビジブル」(情景が良く思い浮かばれる)と言われる。

Enya - Athair Ar Neamh


歌詞は基本的に英語であるが、曲により、ゲール語、ラテン語で書かれている場合がある。5thアルバム『アマランタイン』では、さらに日本語、ローマ・ライアンとともに作った架空の言語、"Loxian"で書かれた曲が収録されている。

彼女のアルバムリリース間隔は、4〜6年である。独特の製作手法から1曲に費やす手間が多く(録音に3ヶ月程度)、エンヤ自身が完璧主義者であるがゆえに、アルバム1枚を完成させるのに時間がかかる上、全精力を使ってアルバムをリリースした後は一年ほど休暇をとる為でもある。また、コンサート/ライブ等のスタジオ外部での活動の構想が、ファーストアルバムを発表した初期の頃からあるにもかかわらず、ここでも独自の制作方法が実現を難しくしてしまっている。このように活動内容は外部から見る限りそれほど活発とは思えないが、耳なじみの良い音に加え、何年か続く「癒し」ブーム、過去のナンバーがTVCM やドラマ、映画のテーマとして使用されるために、リスナーの印象が薄れにくく、それも人気を維持している。



Enya - If I Could Be Where You Are



来歴

アイルランドの北部、ドニゴール州のグウィドーに生まれ、父がバンド、母が音楽教師をしていた影響もあり本人が「何時から音楽に目覚めたのかなんてわかりっこない」と語るほど音に囲まれた環境で育ち、ピアノを身につけ、その後大学でクラシック音楽を学びこれが音楽的基礎となる。公表されている生年月日は1961年5月17日であるが、アルバムの日本語版ライナーノートや、インタビュー記事では、1962年生まれとするものもある。

大学在学中(18歳)の時、彼女の姉、兄らが1970年代に結成した「クラナド」(CLANNAD) に2年ほどの間、ツアー、アルバム製作共に参加している。担当のパートはワーリッツァーのエレクトリックピアノやプロフェット5等の電子鍵盤楽器。エンヤは後に、この頃に当時のアナログシンセサイザー音声を使ったハイテクサウンドとトラディショナルサウンドをブレンドさせたスタイルを見つけ出し発展させたと語っている。(このグループには、今ではソロ活動も行っている長姉のモイア・ブレナンがおり、また、アルバム『フアム』(Fuaim)を最後にエンヤが抜けて後、1982年に「ハリーズ・ゲームのテーマ」(Theme From Harry's Game)がヒットし、一躍有名になった。)

クラナドから脱退した彼女は、『フアム』のプロデューサを務めたニッキー・ライアン(Nicky Ryan) と、彼の妻 ローマ・ライアン(Roma Ryan) らと共に音楽作りを始める。まだ進むべき方向性を決める事が出来なかったエンヤに対し、彼らは自宅をスタジオとして提供。そこで製作された曲を聴いたローマ・ライアンは「音楽から様々な情景が見えるから、映画音楽をやってみては?」とアドバイスした。そこで、実際に映画監督デイビット・パットナムに7〜8 曲の楽曲を送ったところ気に入られ、それがきっかけで映画「The Frog Price」(1985年)への楽曲提供が決まった。この楽曲提供に関し、後にエンヤは「まだ方向が決まってなかったから、オーケストラ編曲にしてしまった。」と語っている。

この頃と前後して、エンヤは144チャンネルもの音声をほぼ劣化なしで同時録音/再生できるデジタルマルチトラッカーの存在を知る。この出来事は、後に彼女の音楽の特徴となる、彼女自身の声を多重録音したコーラスをつむぎだす為の重要な要素であり、元となるアイデアはニッキー・ライアンから提案された。以後の音楽製作では2台の144チャンネルデジタルマルチトラッカーを常に使っており、その重要性は、エンヤ自身が「知らなかったら、その辺でピアノの教師でもしてたでしょうね。」と語るほどである。

映画音楽の次に決まった仕事がイギリスのBBCのプロデューサーであるトニー・マッコーリーの依頼であり、1986年に放映されたテレビドキュメンタリー番組「The Celts」(日本ではNHKより「幻の民ケルト」として放映)のためのサウンドトラックである。この番組は当初アイルランド出身の複数のアーティストの楽曲が使われる予定であったが、番組スタッフが提供された「March of the Celts」等の楽曲を非常に気に入り、番組中すべてのトラック製作をエンヤに依頼することに決定した。

Enya - May it Be - Final Fantasy VIII





1986年BBCエンタープライゼスが「The Celts」のサウンドトラックをアルバムとしてまとめ、『ENYA』(日本では「アイルランドの風」というタイトルでジムコより発売)として発表。アイルランドのアルバムヒットチャートでは1位のU2「ヨシュア・トゥリー」に次ぐヒットとなる。(事実上のデビュー作)

1987年 当時のW.E.A/UKの社長ロブ・ディケンズ氏が「The Celts」のサウンドトラックを気に入り、自らエンヤのスタジオを訪ね「制作費は全て出すし、何年かかっても良いから、一枚のアルバムを作って欲しい。シングルヒットを考えなくて良いから、一枚の作品として評価されるアルバムを作ってください。」と申し出たのをきっかけに、アルバム「ウォーターマーク」の製作が始まる。
1988年アルバム『ウォーターマーク』(watermark)発表。(日本デビュー作)シングルカット「オリノコ・フロウ」(Orinoco Flow)が人々を魅了し、記録的なヒットとなる。
1991年、セカンドアルバム『シェパード・ムーン』が発売された。イギリスではアルバムチャート1位入り、アメリカではビルボード・チャートに計199週(約4年)チャート・イン。
1992年、龍村仁監督ドキュメンタリー映画「地球交響曲第一番」出演(楽曲は第二番、第三番にも使用 1995年、サードアルバム『メモリー・オブ・トゥリーズ』が発売された。

1997年に発売されたベストアルバム『ペイント・ザ・スカイ〜ザ・ベスト・オブ・エンヤ』は日本だけで200万枚を売る大ヒットになった[2]。日本版では、ボーナストラックとして、ゲール語版『きよしこの夜』が収録されている。

2000年、4thアルバム、『ア・デイ・ウィズアウト・レイン』が発売され、全世界で1000万枚近いヒットとなった。この頃になると日本での人気も完全に定着し、しばしばTV番組で歌声を披露するようになる。
2001年、ファンタジー大作として有名な「指輪物語」(J.R.Rトールキン原作)のファンであるという彼女は、映画『ロード・オブ・ザ・リング』に「May It Be」という曲を提供した。
同年、日本の映画「冷静と情熱のあいだ」(竹野内豊主演)で楽曲が使用され、映画に合わせて編集された、同作のサウンドトラックを兼ねたベスト盤(2009年現在廃盤)が日本国内で120万枚のヒットになった。



Enya-Adiemus



Enya---Amarantine



Enya One by One - Final Fantasy VIII IX X





Me Singing 'May It Be' by Enya, Lord of the Rings