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1.スピリチュアル音楽 2.アメイジング・グレイス 3.自然へ帰れ 4.虹の彼方へ SOMEWHERE 5.枯葉 Autumn Leave 6.アベ・マリア Ave Maria 7.愛する子供たちへ
1.喜びの歌 2.この素晴らしき世界 3.人類の喜び 4.素晴らしき人生 5.君はとっても美しい 6.マイウエイ
1.アンドレア・ボチェリ 2.イル・ディボ 3.エンヤ 4.ケルティック・ウーマン 5.ジョシュ・グローバン 6.ヴィタス 7.ナナ・ムスクーリ
1.SOMEWHERE 2.THEME OF LOVE FROM THE GODFATHER 3.LOVE THEME OF THE FINAL FANTASY 4.LOVE STORY 5.CARUSO
1.ZAMFIR /パンフルート 2.KITARO/キーボード 3.GANDALF/マルチ 4.RELAXATION PIANO 5.ANDRE RIEU/バイオリン 6.KENNY G./サックス
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スピリチュアルミュージック
ベートーベンが創った「歓喜の歌」は、彼の交響曲の代表的な作品として知られているが、この曲は単なる喜びを表現するための歌ならず、歌う人々に勇気と力を与え、ひとつの国や社会、組織などを活性化させるための影響力をもった歌であるとされている。 以前は西ドイツの国歌でもあり、そしてローデシアの国家でもあった。現在では欧州連合賛歌として、各行事やイベントにつきものの音楽になっている。 歓喜の歌(かんきのうた、喜びの歌、歓びの歌とも。独: An die Freude / アン・ディー・フロイデ、英: Ode to Joy または To Joy)は、ベートーヴェンの交響曲第9番の第4楽章で歌われ、演奏されるの第一主題のこと。 歌詞は、シラーの詩作品「自由賛歌」(Hymne à la liberté 1785年)がフランス革命の直後ラ・マルセイエーズのメロディーでドイツの学生に歌われていた。そこで詩を書き直した「歓喜に寄せて」(An die Freude 1803年)にしたところ、これをベートーベンが歌詞として1822年 - 1824年に引用書き直したもの。 一説にはフリーメイソンの理念を詩にしたものだともいう。 ベートーヴェンは生涯にわたってシラーの詩集を愛読したが、実際に交響曲第9番ニ短調『合唱付』作品125の第4楽章の歌詞に織り込むにあたって、 3分の1ほどの長さに翻案している。冒頭にバリトン歌手が独唱で歌う“おお友よ、このような歌ではなく…”は、ベートーヴェンが自分で考えたものであり、シラーの原詩にはない。 1985年に欧州連合が欧州連合賛歌として採用したことに伴い、ラテン語の歌詞が付けられている。 「歓喜に寄せて」 おお友よ、このような音ではない! 我々はもっと心地よい もっと歓喜に満ち溢れる歌を歌おうではないか (ベートーヴェン作詞) 歓喜よ、神々の麗しき霊感よ 天上の楽園の乙女よ 我々は火のように酔いしれて 崇高な汝(歓喜)の聖所に入る 汝が魔力は再び結び合わせる 時流が強く切り離したものを すべての人々は兄弟となる (シラーの原詩: 時流の刀が切り離したものを 貧しき者らは王侯の兄弟となる) 汝の柔らかな翼が留まる所で ひとりの友の友となるという 大きな成功を勝ち取った者 心優しき妻を得た者は 彼の歓声に声を合わせよ そうだ、地上にただ一人だけでも 心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ そしてそれがどうしてもできなかった者は この輪から泣く泣く立ち去るがよい すべての被造物は 創造主の乳房から歓喜を飲み、 すべての善人とすべての悪人は 創造主の薔薇の踏み跡をたどる。 口づけと葡萄酒と死の試練を受けた友を 創造主は我々に与えた 快楽は虫けらのような弱い人間にも与えられ 智天使ケルビムは神の御前に立つ 神の計画により 太陽が喜ばしく天空を駆け巡るように 兄弟たちよ、自らの道を進め 英雄のように喜ばしく勝利を目指せ 抱き合おう、諸人(もろびと)よ! この口づけを全世界に! 兄弟よ、この星空の上に 父なる神が住んでおられるに違いない 諸人よ、ひざまついたか 世界よ、創造主を予感するか 星空の彼方に神を求めよ 星々の上に、神は必ず住みたもう ベルリンの壁が崩壊した後チェコで革命がおき、1989年12月14日、首都のプラハで革命の勝利を祝う、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団による演奏のコンサートが行われ、ここで歌われた歓喜の歌が東欧革命のテーマ曲となった。 演奏が終わると拍手が20分以上もなり続け、新大統領はVサインを掲げ、革命の勝利を喜んだ。 ベルリンの壁が崩壊した後、1989年12月25日にレナード・バーンスタイン指揮のコンサートが行われた。バイエルン放送交響楽団を母体に、東西ドイツとアメリカ、イギリス、フランス、(当時)ソ連の6ヶ国から有志を募って混成オーケストラを臨時編成し、日本人では当時ミュンヘン放送合唱団員だった、鳴門教育大学の音楽教授の頃安利秀氏が合唱団の中央で歌った。ベルリンでも伝統のあるコンサートホールであるシャウシュピールハウスで交響曲第9番を演奏して、東西ドイツの融和を祝った。 一時期西ドイツの国歌であったし、またかつて南ローデシア(現ジンバブエ)の国歌でもあった。 HIMNO A LA ALEGRIA |